vol.21 琉球の最初の王様と言われた人は? 人物シリーズ(1) |
|
琉球の源為朝伝説と国王の墓の謎
琉球で最初に王様となった人は、浦添王国の舜天(しゅんてん)王です。舜天は、一一八七年に生まれ、一二三七年、七二才で世を去ったと記録されています。二二才の若さで浦添王となった舜天は、伝説の人として誕生しました。
伝説によると、舜天の父は伊豆大島から琉球にわたってきた鎮西八郎源為朝と言われています。
京都で平清盛に敗れた源為朝は、伊豆大島に流された後に、大島を脱出して喜界ガ島、奄美大島、沖永良部島、琉球へと逃げ延びてきます。そして、糸満高嶺の大里按司(あじ=首長のこと)の妹と、為朝のあいだに生まれたのが舜天とされています。この時代は、貴族が支配していた日本国に、新しい勢力として武士集団が生まれ、京都や各地方で勢力争いがくり広げられた時代です。地方で戦さに敗れた落ち武者達が、九州や四国、沖縄にまで逃れてきたと考えられています。古い沖縄の歌の「おもろ」にも、羽地湾に本土の武士達が上陸したことが歌われています。為朝本人は来なかったにしても、南に向かう北風や海流に流されて、本土から沖縄に渡った人々は、少なくなかったと思われます。この人々と、為朝伝説がひとつになり、舜天誕生の伝説となったことも考えられます。
舜天の時代に「いろは文字」も伝わったとされているところを見ると、やはり、本土との交流が深かったことが分かります。為朝の子と伝わる舜天は、浦添に移り住んで才能を発揮し、実力をのばしていきました。この頃、浦添には、歴史の記録にでてこない「天孫王国」があったと言われています。天孫王統の最後の王をほろぼした利勇という悪臣を退治した舜天が、人々に支持されて王位につきました。このことが、琉球王朝の最初の歴史の本「中山世鑑」(ちゅうざんせいかん)に記録されています。琉球歴代の王をまつって作られた崇元寺(そうげんじ)にも、国を作った最初の王として舜天がまつられています。舜天王統は、三代続いて、一二五九年につぎの王統へ浦添王国をゆずり渡していきました。しかし、不思議なことは、琉球最初の国王となった舜天王のお墓がいまだに見つかっていないことです。
|
| バックナンバー一覧→ |