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vol.12 沖縄の歴史と関係の深い「黒潮」とは、なんでしょう?(2)

魚だけでなく人間も文明もはこんできた黒潮

 黒潮は、生まれた場所の南太平洋からフィリピン、南中国、琉球列島、日本列島、アリューシャン列島、北米大陸沿岸へと流れ、北太平洋を一周して、もとの発生場所にもどるのに約三年間かかるといわれています。いわば黒潮は、切れ目のないエンドレステープのようなものです。沖縄近海を流れる黒潮は、沖縄本島の南北の長さ約一〇〇キロと同じ幅をもち、水深七〇〇メートル、水中温度は冬場で平均二〇度℃、夏場には最高二八度℃にもなります。黒潮の海面温度は、流れる沿岸の空気も暖めるほどです。水量は、沖縄県の一日につかう水道量の百日分にあたる毎秒五〇〇〇万トンの水をおしだしています。地球上で、人間が作ることは不可能といわれるほどの、とてつもない大きな海流となっています。この流れにのって黒潮の三大動物、クジラ、海亀、ウミヘビなども移動しているのです。黒潮は、一八〇〇〇年前に沖縄に渡ってきた港川人たちよりも古い時代から、いまも沖縄の側を流れつづけています。
  黒潮は、魚だけではなく、人間も運んできました。歴史は、海から流れ着く人によって始まるとも言われています。黒潮や、風にまきこまれたりして、沖縄にたどりつく、南太平洋や、東南アジア、中国、朝鮮国、日本など、いろいろな国の人がいました。これらの人々は、各国の文化や文明も沖縄にはこんできました。
  沖縄が、グァム島の南方八〇〇キロにあり、沖縄から直線距離にして三〇〇〇キロ離れたミクロネシアのサタワル島と、黒潮の流れでむすばれていたことを証明する遠洋航海のイベントがありました。昭和五〇年(一九七五)、沖縄海洋博覧会がおこなわれました。この時に、サタワル島の五名の漁夫が、古い時代のアシ船をつくり、海洋博会場まで三〇日間をかけて大航海をしてきました。羅針盤もなく、レーダーやエンジンもない大昔の船で、サタワル島の漁夫の人達は、黒潮の流れを読み、そのエネルギーを利用して、毎日平均、一〇〇キロを走りつづけ、ぶじに本部の海洋博会場に到着しました。黒潮の流れが、サタワル島と、沖縄をつないでいることになるわけです。

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