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vol.9 中国の古いお金が沖縄で発見されるのはなぜでしょうか?

琉球は中国から近い国

 約、二三〇〇年前の中国の古いお金が、沖縄から見つかりました。燕という国で使われていた明刀銭という古銭です。大正十二年(一九二三)、那覇高校向かいの城岳貝塚で、旧制・那覇商業高校の三名の生徒がみつけた明刀銭は、琉球の歴史を見直す大切な発見となりました。また、平成四年、久米島の第二大原貝塚からは約、二一〇〇年前の漢の国の五銖銭というお金が十個も見つかりました。さらに、県内の数カ所の遺跡からは、西暦七世紀の唐の時代の開元通宝というお金がつぎつぎと発見されています。なぜ、沖縄から中国の古い時代のお金がみつかるのでしょうか。しかも、明刀銭は沖縄県のみで、まだ、本土からは一枚も発見されていません。
 平成一二年、具志頭村の洞くつで米人・ディブ・ダベンポードさんが、県内で二枚目の明刀銭を発見しています。弥生時代に日本へ来た東アジア北方の騎馬民族が日本全国を征服、支配したという「騎馬民族説」を発表し、日本中 を驚かせた東京大学名誉教授、江上波夫先生は、「燕国と沖縄には海上交易があった」と述べています。また、五銖銭については鹿児島国際大学の上村俊雄先生は「九州からの渡来品ではなく、中国との交渉結果である」との考え方を述べています。
 琉球国が、正式に国として中国とつき合いをはじめたのは、一三七二年の察度王の時代と言われています。しかし、それよりも一〇〇〇年以上前から私達の先祖は、中国とかかわっていたわけです。久米三六姓という中国人の集団が来た一三九二年より、約二〇〇年前の一二〇〇年頃、中国で書かれた「諸蕃志」という海外ガイドブックには、「琉球には五、六日でいける」と書かれています。中国人にとっても琉球は、近い国だったことになります。古銭を運んできた人達は、モノだけではなくいろいろな文化も琉球にもたらしました。シーサー、石敢当、亀甲墓なども沖縄独自のものではなく、中国から渡ってきた文化です。

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