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vol.1 我々の先祖はどこから来たのか?(1)

港川人
港川人、縄文人イメージ
(平成8年6月「大きな和」(画:大宜味勉)より)

ウチナーンチュのルーツ

世界の中でも、日本人ほど「自分のルーツ」について知りたい民族はいないと言われています。理由としては、ヨーロッパ等の大陸民族は、移動しやすいために多くの民族の混じり合いから成り立っており、島国である日本列島は、混合する民族が比較的に少ないため、「ルーツ」に対する思い入れが強いのかも知れません。

ともあれ、ウチナーンチュや、日本民族のルーツについては誰しも、関心を寄せるテーマと言えます。さて、いつごろから、この琉球列島にウチナーンチュが住むようになったのでしょうか?琉球列島にいた最も古い人は、山下洞人と考えられています。那覇市山下町の洞くつから発掘された、三万二千年前の少女の人骨化石が、現在、一番古い沖縄人ということになっています。つづいて、宮古上野村のピンザアブ(山羊の穴)洞くつから出土した二万五千年前のピンザアブ人、さらに一万八千年前の港川人(具志頭村港川)、などの人骨化石がつぎつぎと発見されています。
発掘調査
(平成8年8月琉球新報より)

人骨化石の発見

近年の考古学によると、日本列島に人が登場するのも、ほぼ三万年前の頃とされています。千島、樺太を起点とした南下説、黒潮に乗って九州に上陸する北方渡来説、等に分かれますが、いずれにしても、無人島だった日本列島に、外から日本人の祖先が渡来してきたことは間違いありません。

旧石器時代の一万年以上前の人骨化石は、ふしぎなことに国内では沖縄からしか出てきません。本土の火山灰の酸性の土は、人骨をとかしてしまいます。しかし、琉球列島のサンゴショウの土は、アルカリ性で人骨をとかさずに、化石にしてしまうのです。本土で、これまで旧石器人骨と思われていた化石は、最新の化学調査ですべて違うものとされました。本土に人間が移住してきたのは、約三万年前と言われています。山下洞人があらわれた頃と同じ時代になります。ピンザアブ人や港川人など、ウチナーンチュの遠い祖先につながる人達もどうやって琉球列島にやってきたのでしょうか?今から一万年以上前、沖縄諸島、先島諸島はつながり、中国大陸とも陸つづきになっていました。それは氷河期の最後の頃で、北極と南極で海水が凍り、世界中の海面が下がっていた時代です。東シナ海も現在より二百メートルも海面が下がり、九州から奄美、琉球、台湾、中国が一つなぎになっていたのです。この頃、南中国から鹿、象などをおって東に移動してくる人々がいました。この人達が、琉球列島にたどりつき、ピンザアブ人、港川人となっていくわけです。そして、さらに北にのぼっていき日本人の祖先に当たる縄文人になっていったという考えもあります。現代人の祖先、新人(ホモサピエンス)は、十万年前に、アフリカを出発し世界各地へ向かいました。東へ着いたグループはアジア人の祖先となり、琉球列島までたどりついた人々が山下洞人、ピンザアブ人、港川人、となったわけです。

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